西田 正さん
(演出家、キリスト伝道劇団代表)
私の父と母には子供が生まれなかったので、父が第二夫人をもらって私が生まれたんです。でも母は私をかわいがってくれなくて。父と母と一緒に食事をした経験がないんですよ。その代わり第一夫人が私を溺愛したんです。だから実の父と母は呪ったと言うか、ひどい人たちだなと。その救いの道は映画だったんです。映画館の中で孤独な自分の気持ちが解放されましてね。
ただ私が小さい時から見てきたのは娯楽映画ですから、日大の映画学科に入ったんですけど芸術映画というものが理解出来なかったんですよ。それで劣等感をもちましてね。結局自分は孤独だったから名声欲があったんですね。日本一の映画監督になろうとか、そういう夢が粉々に崩れて自分に対する自信がなくなりましたね。良かった事は、演技コースの勉強も受けていたので、新国劇の『赤ひげ』という芝居を観て涙がぽろぽろ出て、こんなに演劇って自分を感動させるのか!って思いましてね。これは映画よりも演劇だ!と。
現代人の不安と苦悩…回答を教えて下さい!
僕はどんな状況の中でも良心を貫き通す生き方をしたいと思ってたんです。ところが大学の学園闘争の中で催涙弾から逃げちゃった。自分に対する自信も崩れて、朝起きると「ああ、今日も一日生きていかなきゃいけないのか…」と涙が出てきちゃうんです。ふらふら〜と新宿の繁華街へ行って朝まで飲んで、でも何の解決にもならないんですよ。そこで本屋へ寄ったら『現代人の不安と苦悩』という本があって。自分の気持ちにぴったりだなと思って買って読んだら、著者も行き詰まって自殺を三回繰り返したけど死ねなかったと。そして戦争に行ったら不思議なことにリュックサックに聖書が入っていて、それを読んで日大の宗教学科に入ったと。佐古純一郎という方だったんです。私はすぐに先生の所を訪ねて言ったんです。「先生、これは何ですか。回答が書いてないじゃないですか。教えてください!」「西田君、じゃあ僕がYMCAを紹介してあげるから」と手紙を書いてくれて。ですけど聖書を開けたら名前ばっかり書いてあるし、蛇がしゃべったとかリンゴを食ったとか、なんだいこれは?とても歯が立たない。そこで宗教を精神分析学的心理学的に研究しようと本を沢山読んで、宗教とはそういうことかと頭では分かりましたね。
信じなければ先へ進めない
相変わらず飲み歩いていたある朝、気がついたら教会の前に居たんです。ドアを叩いたらおじいさんが出てきて、ニコニコと「どうぞ」と。そして礼拝に誘われて行きました。献金の時に、私のポケットから五円玉がコロコロッと落ちたんです。そうしたら隣にいた青年が一生懸命探してくれたんです。その姿を見たら、今までの学生時代の友達とは違った、優しいあったかいものを感じましたね。ここは信仰が生きている所なんじゃないだろうか…。
牧師さんが「ペンテコステが近づいてますが誰か洗礼を受けたい人いますか。」ペンテコステが何だか分からないけど「ハイ」と手を挙げたんです。一ヶ月聖書を勉強して洗礼を受けました。信仰告白を読みながら身体が震えましてね。感極まって涙が出てきました。
―ついこの前までは「こんなこと信じられるか」という内容ですよね。
私の性格で、ある所まで来たら飛び込む。いくら頭で良いと分かってても信じなければ先へ進めないと追い込められていたんですね。
神様から示されたらまずやってみることだよ
でも本当の信仰の意味が分からなかったんですね。「右の頬を打たれたら左の頬も出せ」こういう生き方ができたら世の中戦争は起きないだろう、絶対これだ、と倫理的な意味で捉えていた。ただ「あなたのしてもらいたいことをあなたの隣人にもしなさい」というイエスの言葉がドーンと来たわけですよ。なんだこれは。俺と同じように新宿をふらふらしてる人に、舞台を通してイエス・キリストを証しするのが俺の使命なんじゃないか。そう受け取りましたね。当時は演劇でキリストを証しする劇団はありませんでした。自分で作るしかないと思ったんですけど、私は演技はやれるけど舞台裏の仕事は出来ない。お金がない。足がすくんでしまいましてね。するとますます声が強くなってくるんですよ。「お前は何のためにクリスチャンになったんだ。人を愛するため、使命を行うためだろう。それをしないなんて、お前が一番堕落してるんじゃないのか」胸を突き刺されるんです。牧師に相談しましたら、ニコニコ微笑みながら「西田君、まず神様から示されたらやってみることだよ。みこころだったら叶えて下さるよ。」そこで演劇雑誌に募集をしたら八名集まったんです。「キリスト伝道劇団新宿新生館」と名前をつけて第一回公演が「クォ・バディス」。ペテロの伝記でした。
―八人で出来るんですか? 出来ましたね。お金がないから礼拝堂を借りて。そのうちに教会の牧師先生に毎月やってくれないかと言われて。二週間に一本台本を書いて二週間で稽古して、ハイ本番!
実行してみないとわからない
―牧師先生もすごいこと頼みますね。
その代わり全員辞めましたね、一年間で。二週間じゃ良い舞台できっこないですよ。お金もなくなる。自分一人になった。でも「主よ、もうやめさせて下さい」と祈ると必ず救い手が現れる。それで仕方なしにまた歩き出す。そういう中を通して、自分がいかに人を愛することができないか、自分一人じゃどうしようも出来ないことが分かってくる。神様に頼ることをしないと駄目なんだなって。だって神様が送って下さったんですものね。自分の罪ということも少しずつ分かってきた。ああ、だからイエス様の十字架は自分にどうしても必要なものなんだなあと分かってきた。
―倫理の信仰から変わってきたんですね。
三十五年かかってね。自分はいろんな失敗を重ねて来た。でも神様は捕まえて放さなかった。主が示されたことは確実だ。それをやっていく。そして転んでみる。必ず主が助けてくれるから。必要なものは与えて下さる。こういう体験は実行してみないとわからないですね。
あまりにも与えられたものが多すぎて「お前はいったい何を神様にお返ししてるんだ。もっと全力でやれよ!」って言われてるような気がして。もう自分の道は決まってますよね。愛は人のために命を捨てることだと言われますけど、俺は命を捨ててるの?って。やるしかないですね。
コーヒーブレイク・インタビュー 2008年12月13、20日放送より
2008年12月26日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/111744358
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/111744358
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック

