2008年05月02日

コーヒーブレイク・インタビュー(2008年5月3日放送)

多田洋子様

母が召されたのは1996年です。肺気腫という病気がずっと続いてまして…。

大好きな大好きな母だったんです。だけど、入院中、母は私を片時も離さないんです。とにかく私が付いていないと大きな声で「洋子ちゃ―ん、洋子ちゃーん」って呼ぶものですから。待合室で眠ってますと、「お母さんが呼んでおられますから来てくれませんか」って。看護婦さんも手に負えないんですよね。家に帰ってきても同じような状態だったんですね。その時にすごいストレスもかかり、母が憎らしくなったんです、初めて。母に対し、高慢な態度で接するようになりました。

92年に本田弘慈先生のクルセードがありまして、お友だちに誘われたんです。その時、「あなたの父と母とを敬え」って、一番最初に言われたんです。「あっ、そこだったんだ」って気付かされたんですね。それから4、5ヶ月後に受洗し、3年くらいしてから母が受洗の恵みに与るんです。

聖書を、最初は「読まなきゃいけない!」という自分に課せられたノルマみたいな感じで読んでましたね。それが、祈るっていうこと、お互いのことを祈り合うっていうことができてから、御言葉が入ってくるようになりましたね。いつも御言葉から自分の内面を探らされて…。

私が一番、御言葉をいただいて希望を持って生きられるようになったなっていうのは、ヨハネの福音書14章27、28節です。

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。『わたしは去って行き、また、あなたがたのところに来る。』とわたしが言ったのを、あなたがたは聞きました。あなたがたは、もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くことを喜ぶはずです。父はわたしよりも偉大な方だからです。」

母が亡くなりまして3年間っていうのは、自分の心の内にすごく葛藤があった時なんです。私は今、老人の施設で働いているんですけど、本当のこと言いますと、下の世話なんて絶対嫌だとか、お年寄りの世話なんて大嫌いだと思ってたんです。ところが母のことを通してそういったことはできるようになったんです。ただ、母を亡くしてから、自分の内にあるすごい罪が思い起こされて、そこから抜け出すことができなかったんです。

そうしたある時、整理していましたら、母の昔の着物の端切れが出てきたんです。それを見た時に、ブワッと思い起こして、ああ私はなんて母のことを…って、また同じことの繰り返しだったんですけど、ここを読んだんです。

その時に、母は私をもう既に赦してくれているんだ!そして神様も本当に赦してくださっているんだ!そして、母は天国に召された、また会える機会が与えられているんだ!そう確信を持って受けとめることができたんです。「神様ありがとうございます」って。自分があれだけ積んでは崩し、積んでは崩し、いろいろな思いの中に捕われてたんですけど、そこから離れることができて。

そしてその後に、「神様、どうしたらこれから私はあなたに喜んでいただけることができるでしょうか」っていうことを祈ったんです。そうしたら、一番苦手だった(介護の)ことで声をかけてくださった人がいたんです。「人が足りなくなったので来てくれませんか」って。

今まではあっち向いてもこっち向いても、お年寄りがいると涙が浮かんでたんですけど、このところで癒されて、今、この仕事を喜びを持ってさせていただいて、本当に心から感謝しています。
posted by FEBC Staff at 09:00 | TrackBack(0) | コーヒーブレイク・インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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